第1回 中野北溟記念 北の書みらい賞発表

 中野北溟記念北の書みらい賞の第1回目の選考会が7月28日に札幌市内で行われ、最高賞の大賞には北川和彦さん(剣淵町在住)の作品「塊」、奨励賞には入船心太朗さん(旭川市在住)、小林聖鳳さん(鹿追町在住)、天満谷貴之さん(函館市在住)の3人の作品が選ばれた。

 同賞は、日本を代表する書家 中野北溟氏(留萌管内羽幌町焼尻島出身、札幌市在住)の功績を記念し、未来の北海道書道界を担う若手書道家の育成・支援事業として特定非営利活動法人北の書みらい基金が創設した。
 大賞受賞者には50万円、奨励賞受賞者3人には各20万円の奨励金が贈られる。
 大賞、奨励賞をはじめとする候補作品は7月29日から8月3日まで、道新ぎゃらりー(札幌市中央区大通西3、道新大通館7階)で展示する。時間は午前10時から午後6時(3日は午後5時終了)まで。入場無料。

大賞

「塊」北川和彦

奨励賞

「星の逢瀬」入船心太朗

「興酣」小林聖鳳

「騁懐」天満谷貴之

 本賞は北海道在住の50歳未満(2021年1月1日現在)の書家が2020年に発表した作品を対象とし、選考は学識経験者、美術関係者ら計6人の選考委員会(委員長美術評論家・武田厚氏)が行った。
 各選考委員は今年2月までに1人5点以内の候補作品を推薦した。今回の選考会では候補作品を展示し、選考を行った。
 なお、選考会は当初4月下旬に、受賞者展を7月下旬に予定していたが、新型コロナウイルス感染症の影響により延期していた。緊急事態宣言発令などにより、選考会および展覧会の会場調整が難しくなったが、最終的には、展覧会の前日に選考会を実施し、選考会出品者の作品を展示することとなった。

選考会出品者(50音順、敬称略)

池田弥希(苫小牧市)、石井千賀(鷹栖町)、磯波水鈴(函館市)、入船心太朗(旭川市)、大懸遼一郎(旭川市)、押上万希子(滝川市)金谷紅麟(函館市)、北川愛子(札幌市)、北川和彦(剣淵町)、小林聖鳳(鹿追町)、笹木聖菜(上富良野町)、清水謙語(札幌市)、下村美穂(札幌市)、白石弥生(帯広市)、高橋竜平(札幌市)、 高橋柳泉(幕別町)、天満谷貴之(函館市)、土井一剛(札幌市)、西田真洲(美唄市)、濱波裕介(苫小牧市)、宮﨑万由有(愛別町)、 守屋杏(登別市)、吉田晴賀(札幌市)以上23人

入賞者紹介

大賞 北川和彦氏

大賞

北海道新聞2021年8月2日朝刊掲載 北海道新聞社許諾D2108-2208-00023995

プロフィール
1975年生まれ、旭川市出身。北海道書道展会員、北人会所属、旭川書道連盟会員、「墨遊」(北海道書道教育研究会)書友。上川管内剣淵町在住。

奨励賞 入船心太朗氏

受賞の言葉 嬉しいです。本当に嬉しいです。嬉しいという気持ちと共に、私を書の世界に導いてくれた恩師や先輩方、ご指導をいただいている諸先生方、そして何より今まで私の書活動を応援してくれた両親への感謝の気持ちでいっぱいです。胸が詰まるというのは、こういうことなんだと実感しました。これからもさらに自分の書を追い求め、前へ前へと一歩ずつ着実に進んで行きたいと思います。この度は、本当にありがとうございました。

プロフィール 
1991年生まれ、富良野市出身。書創社理事、北海道書道展会友、第71回毎日書道展秀作賞、第56回創玄展秀逸賞、旭川市立東明中学校勤務、旭川市在住。

奨励賞 小林 聖鳳氏

受賞の言葉 今、望外の受賞への驚きと深い感謝の中にいます。
 地元の習字教室から始まった書も早30年。
 きっかけをくれた家族、育ててくれた師、ともに筆を持つ仲間、一人でも出会うことがなければ今日の私の書は存在していないでしょう。
 幾多の人との出会いと繋がりが書を紡いでくれたこと、そして、自分もまた次へとそれを繋いでいく責務を痛感しています。
 賞に恥じぬよう、自分に恥じぬよう書き続けたいと思います。
 ありがとうございます。

プロフィール
1984年生まれ、十勝管内鹿追町出身。北海道書道展会員、北海道書人展招待作家、奎嶙会所属、札幌・上海文化連絡協議会「幌申会」会員、鹿追町在住

奨励賞 天満谷貴之氏

受賞の言葉  この度は、第1回中野北溟記念「北の書みらい賞」にて、奨励賞を賜りましたこと大変光栄且つその意義を深く感じているところです。改めて御礼申し上げます。
 記念すべき第1回展での受賞は、喜びも去る事ながら、今以上にもっともっと頑張りなさいという期待あっての受賞と受け止めております。
 書家として、今後どのような未来を歩んでいくのかという問いに対する応えを、しっかり書で体現していかねばと決意を新たにしております。
 今後ともご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

プロフィール
1976年生まれ、檜山管内江差町出身。大東文化大学卒、渡島管内松前町立松前中学校、松前高校で教鞭を執り、現在、函館西高校勤務。北海道書道展会友、毎日書道展会員、創玄展一科審査会員。毎日書道展毎日賞(01年、02年)、創玄展大賞(11年)、平成28年度文部科学大臣優秀教職員表彰。毎日書道展会員賞(21年)。函館市在住。

審査講評

 この度、北溟記念賞(通称)の選考会が行われ、大賞と奨励賞それぞれの第1回の受賞作品が決定した。いずれも表現様式の異なるもので、独自性の面においても受賞に相応しい作品であったと言える。本来、選考委員会はこの4月に実施される予定であったが、周知の新型コロナ禍の影響を受けて7月に延期されていた。この難事の状況にも関わらず最初の選考委員会が無事終えられたことは何より幸いといわなければならない。選考委員は書や美術などにかかわる識者6名。審査対象となった作品は各選考委員から推薦された24点。

 選考の経過について少し報告すると、第1回投票で19点が選ばれたが過半数獲得の作品はなかった。この結果について委員相互に熱心な協議が行われ、第2回目の投票は3票獲得の上位5点の作品について行われた。結果は6票が2点、5票が1点となる。この3点を対象に最終の3回目の投票が行われ、その結果、過半数票を獲得した北川和彦「塊」が大賞を受賞することになった。

 この間における委員相互による意見交換は極めて重要なものであった。つまり、文字性をはじめとする現代書における前衛性、あるいは芸術的評価の根幹に触れる内容であり課題であった。この顕彰事業の創設が意図するところをあらためて深く考え、今後の選考の度毎に常々それらと正面から向き合うことは大事である。

選考委員長 武田 厚氏(美術評論家・多摩美術大学客員教授)

 コロナ禍で延び延びになった“北の書みらい賞”の選考会が開催されました。北溟先生の大きな未来像に向かっての審査で緊張もいたしました。

 北川和彦さんの墨象作品「塊」が大賞に選ばれました。この作品は、私自身「北」と「地」という字にも感じ取りました。第1回目に相応しい力強く堂々とした作品で、好感を持ちました。

 道内の書道展は、圧倒的に詩文書の数が多く、定型化されたスタイルに溢れています。北溟先生が「自分の思いを自由に表現すること、これこそが書の本質、本当の喜びだ!」と特に若い人に伝えたいと強く言っておられます。

 次回もそのような作品に満ちることを期待しています。

選考委員 阿部典英氏(公益財団法人北海道文化財団副理事長)

 今回、冒頭で審査基準に関する意見交換がなされました。本賞に不可欠な「未来」「挑戦」というキーワードの下で選定をおこなうには、発展的な要素ないし可能性の有無を見極めることが重要です。しかしこの作業は簡単ではありません。正直にいえば、今回は道内の若手作家の現状を把握する審査にとどまったといえます。次回は選考対象となりうる作品を、幅広く継続的にリサーチしておくべき必要性を実感しました。ただ直感的印象が良いもの、というだけで未来の可能性は判断できません。公募展活動が主流となっている書道界だけでなく、他の観点からの選出を積極的に試みるような、審査側の意識改革もまた新たな挑戦といえるでしょう。

選考委員 笠嶋忠幸氏(公益財団法人出光美術館上席学芸員)

 北の書みらい賞が授賞の上限とする50歳(未満)は、企業なら30年選手。「中堅」と呼ばれる世代です。でも書の世界では、10歳足らずで門を叩いた人でも、いまだ若手扱い。シビアです。ということは、この賞の候補者には、もっとステップアップしてほしい、もっと化けてほしい、という選考委員の強い期待が込められているのです。少し暑苦しいですか? 幸いにも、中堅、ベテランとみなされるまでには時間の猶予があります。なにせ、中野北溟さんの御歳の半分にも満たないのですから。今回選ばれたことは「鉄下駄」でも預けられたのだと観念して、遥か先に見える北溟さんの背中を大股で追いかけてください。楽しみにしています。

選考委員 古家昌伸氏(北海道新聞社編集局文化部編集委員)

 北海道を拠点とする北溟氏の活動は、「北」の書を切り拓く人々の大きな指針となっています。今回は北溟氏に続く北海道志向の若手書家による、堅実かつ意欲的な作品が選出されました。既存のジャンルや手法を超える奇抜さは見られませんでしたが、私はむしろ、真摯な古典研究を重ねた先に、北海道ならではの「みらい」の書が生まれることを強く期待しています。大賞受賞作《塊》は、抑制と放出の均衡がとれた「書」としての美を感じました。北溟氏の比類ない書業と功績を記念する本賞にふさわしく、今後の活躍が楽しみです。

選考委員 齊藤千鶴子氏(北海道立近代美術館主任学芸員)

 書が盛んと言われる北海道において、若手書家を対象とした初めての賞ということもあり、選考委員の票がばらつくほど、傾向の異なる多くの候補作が選定された。書作品として、文字の可読性の問題も含め、表現の新しさをどう評価するか、第1回目の選考だけに判断が分かれる難しい面もあった。しかし、大賞と奨励賞に選ばれた4名の作品は、いずれも作品として技術や表現の確かさ、個性の発露が感じられ、受賞に相応しい納得のゆく結果になったと思う。これを機に、北海道から書の未来を切り拓く若手作家が育って欲しいと心から願う。

選考委員 佐藤幸宏氏(前北海道立近代美術館学芸副館長、似鳥美術館顧問)

左から笠嶋氏、佐藤氏、武田氏、齊藤氏、阿部氏、古家氏、北の書みらい基金村田正敏理事長(2021年7月28日、道新ぎゃらりー)


中野北溟氏

 日本を代表する書家。毎日書道会最高顧問、創玄書道会最高顧問、日展会員、北海道書道連盟顧問、天彗社代表。札幌市在住。

 1923年7月31日、北海道苫前郡焼尻村(現在の羽幌町)生まれ。北海道第三師範学校(現在の北海道教育大学旭川校卒業。豊富、稚内、旭川、札幌で教員を務めながら毎日書道展、北海道書道展などに出品し、審査会員として活躍する。

 79年札幌市立札幌中学校校長を早期退職し、書に専念、海外でも作品を発表する。90年北海道新聞文化賞受賞、99年毎日芸術賞を岡井隆氏、河野多恵子氏、蜷川幸雄氏、高倉健氏らと受賞。2005年東京日本橋三越、09年北海道立近代美術館で個展開催。

 長年、日展、毎日書道展、創玄展、現代書道20人展など全国トップクラスの書展で作品を発表するとともに、北海道書道展、北海道書道連盟では理事長など役員を歴任し、北海道書道界の発展に寄与してきた。

 中野氏は師の金子鷗亭氏からの上京の誘いを断わり、札幌で書活動を続けてきた。太平洋戦争中の一時期(久留米予備士官学校)を除き、北海道を離れることがなかった。スポーツの才能にも恵まれ、テニス選手として国体に出場している。

 今年4月の北海道書道展(札幌市民ギャラリー)、7月の毎日書道展(国立新美術館、9月22日~26日北海道展開催)で作品を発表するなど98歳を迎える現在も、制作や後進への指導など精力的に書活動に行っている。