第2回 中野北溟記念 北の書みらい賞発表

 中野北溟記念北の書みらい賞の第2回目の選考会が4月27日に札幌市内で行われ、最高賞の大賞には磯波水鈴さん(函館市在住)の作品「雪の賦」、奨励賞には伊藤寒岳さん(留萌市在住)、井村航さん(松前町在住)、高橋柳泉さん(幕別町在住)、三浦亜友さん(札幌市在住)の4人の作品が選ばれた。

 同賞は、日本を代表する書家中野北溟氏(留萌管内羽幌町焼尻島出身、札幌市在住)の功績を記念し、未来の北海道書道界を担う若手書道家の育成・支援事業として特定非営利活動法人北の書みらい基金が創設し、昨年7月に第1回目の選考会を行った。

 大賞受賞者には50万円、奨励賞受賞者4人には各20万円の奨励金が贈られる。贈呈式は7月30日に札幌市内で予定している。

 大賞、奨励賞は、前回受賞者4人の作品とともに7月28日から8月2日まで、道新ぎゃらりー(札幌市中央区大通西3、道新大通館7階)で開催する受賞者展で展示する。時間は午前10時から午後6時(2日は午後5時終了)まで。入場無料。

大賞

「雪の賦」磯波水鈴さん

奨励賞

「翻」伊藤寒岳さん

「お前はなぜ書く」井村航さん

「宴~en~」高橋柳泉さん

「太陽系ディスコ」三浦亜友さん

本賞は北海道在住の50歳未満(2022年1月1日現在)の書家が2021年に発表した作品を対象とし、選考は学識経験者、美術関係者らで構成された選考委員会(委員長美術評論家・武田厚氏)が行った。各選考委員は今年2月までに1人5点以内の候補作品を推薦した。今回の選考会では候補作品18人20点を展示し、選考を行った。

 

選考会出品者(50音順、敬称略、在住地は2022年2月現在)

磯波水鈴(函館市)、伊藤寒岳(留萌市)、井村航(松前町)、押上万希子(滝川市)、
川崎美幸(札幌市)、岸本絢美(中富良野町)、高田玉希(札幌市)、高橋柳泉(幕別町)、
天満谷貴之(函館市)、豊田美央(上富良野町)、長岡真貴子(札幌市)、
西川空寫(旭川市)、星野壮風(札幌市)、細川はるか(上富良野町)、籬宥行(恵庭市)、
三浦亜友(札幌市)、宮﨑万由有(愛別町)、横山晃秀(新ひだか町)

選考委員長

武田厚氏(美術評論家、多摩美術大学客員教授) 

選考委員(50音順・カッコ内は2022年4月現在の役職・肩書き)

阿部典英氏(公益財団法人北海道文化財団副理事長)
笠嶋忠幸氏(公益財団法人出光美術館上席学芸員)
古家昌伸氏(編集者・ライター)
齊藤千鶴子氏(北海道立帯広美術館学芸課長)
佐藤幸宏氏(札幌芸術の森美術館館長)

 

入賞者紹介

大賞 磯波水鈴(いそなみ すいれい)

  受賞の言葉  北の書みらい賞というのは、候補に選んで頂けるだけでも大変光栄な事だと感じております。選考に携わって頂いた方々はじめ、皆様に心から感謝申し上げます。
 高校1年から続けてきた練習の日々や仕事をもちながら作品制作にあたった時間を回想しておりました。『何を書くか、どう書くか』を探究し続けた26年間は、出会いあり、学びあり、人生を深く豊かにしてくれた時間です。
 北の書作家としてこれから、『何を表現し、どんな活動をするか』。求められることは一段と大きくなりますが、真摯に向き合っていきたいです。ありがとうございました。

大賞

北海道新聞夕刊5月2日掲載 著作物利用許諾番号25029

プロフィール
1980年生まれ、函館市出身。2010年毎日書道展毎日賞、10年、15年日展入選、19年毎日書道展会員賞、20年北海道書道展準大賞。北海道書道展会員、毎日書道展審査会員、創玄書道展一科審査員、函館書藝社会員・事務局長。市立函館高校書道科教諭、函館市在住。

奨励賞  伊藤寒岳(いとう かんがく)

受賞の言葉 同郷の大先輩と勝手に思っております、中野北溟先生の功績を記念に設立されました“北の書みらい賞”の入賞は、昨年第1回を迎えられ、私にとって残り少ない数年間で、一度はノミネートされてみたいと憧れていたものですから、初ノミネート初受賞には本当に驚きでしかありません。
 今回の作品は書究院展の企画展で発表した作品です。このようなところまで目を向けていただきました、審査員の方々にも感謝申し上げます。この度は、本当にありがとうございました。

プロフィール 
1977年生まれ、留萌市出身。北海道書道展特選(2011、13年)、毎日書道展毎日賞(08、15年)、09年創玄展創玄書道会賞、19年深川留萌自動車道開通記念揮毫。北海道書道展会友、毎日書道展会員、書究文化書芸院理事長補佐。ITO技術士事務所代表、留萌市在住。

奨励賞 井村 航 (いむら わたる)

受賞の言葉 この度は、大変光栄な賞をいただき、驚きや嬉しさと共に、畏れを抱いているところです。
 「お前はなぜ書く」は、社会人となり、展覧会への出品に追われている自身へ投げ掛けたことばであり、戒めです。
 私自身、今回の受賞は、「高校・大学と情熱をもって真正面から書と向き合っていた頃はどこへいったんだ?」という叱咤激励と感じております。
 今一度、じっくりと書に向き合い、作品で語ることができるよう、作品から人間が滲み出るよう精進します。
 本当にありがとうございました。

プロフィール
1997年生まれ、十勝管内幕別町出身。2015年書道パフォーマンス甲子園出場(当時帯広北高2年)、20年北海道書道展大字書部および詩文書部で特選、21年毎日書道展U23毎日賞、日展入選。渡島管内松前町在住、松前中学校教諭、文化部(書道)担当。

奨励賞 高橋柳泉(たかはし りゅうせん)

受賞の言葉  この度は、奨励賞という栄えある賞をいただきまして、大変光栄と思うと同時に身の引き締まる思いでおります。
 前衛書に出会い、今までたくさんの刺激や書の要素美を学ぶ機会をいただきました。今回の賞は、その機会を与えてくださった先生方や共に書く仲間の皆さんのおかげと深く感謝しております。
 これからも今の表現に安住することなく、新しい書の形を楽しみながら追求していきたいと思っております。

プロフィール
1975年生まれ、十勝管内幕別町出身。2010年奎星展奎星賞、18年tenten2018 in 3331 ARTS CYD(東京・アーツ千代田)、21年tenten2021 in 横浜赤レンガ倉庫-筆と腕-。北海道書道展会友、毎日書道展会友、奎星展無鑑査会員。道立帯広柏葉高教諭、書道部顧問、幕別町在住。

奨励賞 三浦亜友(みうら あゆ)

受賞の言葉  この度受賞の連絡を頂きしばらくは歓喜の中におりましたが、日が経つにつれて賞の重みに身の引き締まる思いです。
 所属しておりました書鳳では優しく素晴らしい先生方・アドバイスを惜しげもなく下さる先輩方・楽しい書友の方々に囲まれ、伸び伸びと学び切磋琢磨し合えた事は私の書 道人生の中で大きな財産です。心より感謝申し上げます。
 これまでの学びを胸に、より研鑽を重ね精進して参ります。この度は誠にありがとうございました。

プロフィール
1980年生まれ、札幌市出身。2006、10年北海道書道展特選、19年毎日書道展秀作賞。北海道書道展会友。札幌市在住。

審査講評

 選考は前回と同様に投票の集計結果を見ながら進めた。その内容は前回にも増して同一作品に対する評価の多面性を生み出していたように思う。しかしそれは選考委員の専門性が多様であることが要因の一つと思われるが、同時に現代の書自体が有する多面的な芸術要素故のことでもある。多分その事こそが、この記念賞が期待するところではないかとも思っている。新たな時代へ向けての新たな書芸術とは何か、その未来像を開拓する兆を見つけ出すことではないだろうか。若手の書家の育成といった成果はその結果として現れるものでよい。その意味において言えば、表現技術に多少の難はあるものの、この度の受賞作品はもとより、推薦作品全体に見られる一定の出来栄えは認められる。がしかし、それ以上の“驚き”といえる斬新さが弱く、受ける感動も薄いところは大きな課題ではないか。類型化を避け、何よりも独創的であって欲しい。

選考委員長 武田 厚氏 (美術評論家・多摩美術大学客員教授)

 皆様の力作に感激。大賞を受賞された磯波さんおめでとうございます。横長の上部に3文字の太字、下部に13列の小文字の秀作です。詩文書として典型的な構成配置の作品です。これから如何に定型を打ち破る表現が生まれるか、楽しみです。大賞を競った伊藤さんの作品「翻」はコロナ禍を、本来の日常に、ひるがえし(・・・・・)たい全ての人々の気持ちを込めた作品と考えられます。細目のたて画と終画の渇筆が好対象になっています。特に渇筆の部分は、大きな願いが込められていて印象に残ります。又、25歳の井村さんの作品、詩文書「お前はなぜ書く」の若々しい心を表現した作品に、未来を感じます。

選考委員 阿部典英氏(公益財団法人北海道文化財団副理事長・美術家)

 本賞は、新時代を担う若手書家の発掘と育成が目標です。しかし現状、活躍されている若手書家は多数いるものの、その作品は保守的な傾向が強く、挑戦的あるいは冒険的な視点での作品はほぼ見当たりません。本選考会の主意を遂行するためには、発掘することより、むしろ「育成する」視点に重きをおいて、継続的な支援活動を行うことが大事ではないか、と感じました。今回、推薦された作家たちの中には、まだまだ挑戦できそうな方、もっと冒険ができそうな方といった、実力派が複数おられました。今後は選考委員が、道内の若手作家有志との談話会を開催するなど、主催側からの発展的サポートを行うことは有効なのではないかと思いました。

選考委員 笠嶋忠幸氏 (公益財団法人出光美術館上席学芸員)

 芸術家の経歴には、必ずと言っていいほど「誰それに師事」のようなくだりがあります。どんな芸術も長い歴史の上に成り立ち、「師弟の系譜」がどこに位置づけられているかを確認する必要があるからなのでしょうか。師匠と弟子の関係はたしかに永続的なものですが、いつか師匠の翼のもとを離れ、一個の芸術家となる瞬間が訪れます。師匠に「追いつき追い越す」こととは限らず、あえて違う道を選び取る人もいるでしょう。それを意識したのがいつだったのか、あるいはこれからなのか、今回受賞・推薦されたU50世代のみなさんにも聞いてみたいものです。

選考委員 古家昌伸氏 (編集者・ライター)

 今回は意欲的な詩文書作品が目立ち、書の本質や未来の有り様について、あらためて考えさせられる選考会でした。大賞受賞作《雪の賦》は、詩文の主題に向き合う誠実さと、詩情を丁寧に解釈した表現に魅力を感じました。奨励賞受賞作《お前はなぜ書く》は、鑑賞者に積極的に働きかける作品として印象に残りました。今年白寿を迎えられる北溟氏の制作は、さらに進化・深化を重ね、現代書の地平を伸展しています。その過程に伴う厳しい自己批正の姿勢に学び、たゆまず書を追求する若手書家の方々にエールを送りたいと思います。

選考委員 齊藤千鶴子氏(北海道立帯広美術館学芸課長)

 年齢、ジャンル、表現など、多様な作品が揃ったなかでの審査だったため、委員の間でも意見が分かれる場面が目立ちました。奨励賞が1名増えて4名受賞となったのも、そうした審査状況を反映しているのかもしれません。また、ノミネートされた18名の書家のうち、昨年も推薦された方は5名であり、3分の2の顔ぶれが異なった点も特筆すべきことと思われます。
 受賞作では、「詩文書」作品が3点と、やや多い印象を受けるかもしれませんが、新しい試みに挑戦した書もあり、「みらい賞」という名にふさわしい選考になったと思います。そのなかでも、大賞に輝いた磯波水鈴氏の作品が、やはり安定した力量を示していて存在感がありました。

選考委員 佐藤幸宏氏(札幌芸術の森美術館館長)

左から笠嶋氏、古家氏、武田氏、阿部氏、佐藤氏、齊藤氏、北の書みらい基金村田正敏理事長(2022年4月27日、札幌・北海道新聞本社DO-BOX)


中野北溟氏

 日本を代表する書家。毎日書道会最高顧問、創玄書道会最高顧問、日展会員、北海道書道連盟顧問、天彗社代表。札幌市在住。

 1923年7月31日、北海道苫前郡焼尻村(現在の羽幌町)生まれ。北海道第三師範学校(現在の北海道教育大学旭川校)卒業。豊富、稚内、旭川、札幌で教員を務めながら毎日書道展、北海道書道展などに出品し、審査会員として活躍する。

 79年札幌市立札幌中学校校長を早期退職し、書に専念、海外でも作品を発表する。90年北海道新聞文化賞受賞、99年毎日芸術賞を岡井隆氏、河野多恵子氏、蜷川幸雄氏、高倉健氏らと受賞。2005年東京日本橋三越、09年北海道立近代美術館で個展開催。

 長年、日展、毎日書道展、創玄展、現代書道20人展など全国トップクラスの書展で作品を発表するとともに、北海道書道展、北海道書道連盟では理事長など役員を歴任し、北海道書道界の発展に寄与してきた。

 中野氏は師の金子鷗亭氏からの上京の誘いを断わり、札幌で書活動を続けてきた。太平洋戦争中の一時期(久留米予備士官学校)を除き、北海道を離れることがなかった。スポーツの才能にも恵まれ、テニス選手として国体に出場している。

 今年は、2022現代の書 新春展(1月、銀座・和光ホール)、第58回創玄展(3月、新国立美術館)、第63回北海道書道展北の書作家2022(4月、札幌市民ギャラリー)などで作品を発表。7月に白寿を迎える現在も、制作や後進への指導など精力的に書活動を行っている。