第3回 中野北溟記念 北の書みらい賞発表

 中野北溟記念北の書みらい賞の第3回目の選考会が2023年5月13日に札幌市内で行われ、最高賞の大賞には髙橋竜平さん(札幌市)の作品「煙雨」、奨励賞には赤間裕堂さん(音更町)、木柳不吟さん(旭川市)、宮﨑万由有さん(愛別町)の3人の作品が選ばれた。

 同賞は、日本を代表する書家中野北溟氏(留萌管内羽幌町焼尻島出身、札幌市在住)の功績を記念し、未来の北海道書道界を担う若手書道家の育成・支援事業として特定非営利活動法人北の書みらい基金が創設し、2021年から毎年春に選考会を行ってきた。

 大賞受賞者には50万円、奨励賞受賞者3人には各20万円の奨励金が贈られる。贈呈式は7月31日に札幌市内で予定している。

 大賞、奨励賞計4点は、前回受賞者4人の作品とともに7月27日から8月1日まで、道新ぎゃらりー(札幌市中央区大通西3、道新大通館7階)で開催する受賞者展で展示する。時間は午前10時から午後6時(最終日は午後5時終了)まで。入場無料。

大賞

「煙雨」 高橋竜平
88㎝×158㎝

奨励賞

「おごれる人」 赤間裕堂 
70㎝×70㎝×1m(高さ)

「圓舞」 木柳不吟
150㎝×150㎝

「耳のなか響き渡り」 宮﨑万由有
120㎝×90㎝

本賞は北海道在住の50歳未満(2023年1月1日現在)の書家が2022年に発表した作品を対象とし、選考は学識経験者、美術関係者らで構成された選考委員会(委員長美術評論家・武田厚氏)が行った。各選考委員は今年2月までに1人5点以内の候補作品を推薦した。今回の選考会では候補作品18人19点を展示し、選考を行った。

 

選考会出品者(50音順、敬称略、在住地は2023年2月現在)

赤間裕堂(音更町)、池田憲亮(小樽市)、石川洋介(北見市)、石原伸弥(幕別町)、
伊藤寒岳(留萌市)、井村啓邃(苫小牧市)、押上万希子(滝川市)、金谷紅麟(函館市)、
木柳不吟(旭川市)、久保奈月(月形町)、小林聖鳳(鹿追町)、小室聡美(幕別町)、
髙橋玄禅(芽室町)、高橋竜平(札幌市)、土井一剛(札幌市)、西田真洲(美唄市)、
宮﨑万由有(愛別町)、横山晃秀(新ひだか町)

選考委員長

武田厚氏(美術評論家、多摩美術大学客員教授)

選考委員(50音順・カッコ内は2023年4月現在の役職・肩書き)

阿部典英氏(公益財団法人北海道文化財団副理事長)
笠嶋忠幸氏(公益財団法人出光美術館上席学芸員)
古家昌伸氏(編集者・アートライター)
齊藤千鶴子氏(北海道立帯広美術館学芸課長)
佐藤幸宏氏(札幌芸術の森美術館館長)

 

入賞者紹介

大賞 高橋竜平 (たかはし りゅうへい)

受賞の言葉 北の書みらい賞は様々な会派を超えたジャンルの作品に出合える場だと思っております。普段どうしても鑑賞する展覧会が偏りがちになってしまう中、自分とは異なる表現方法を拝見し、自身の制作の気づきとなることがあります。
 書道も食事と同様、同じものばかり観たり書いたりしていると上手くいきません。いろいろな表現形式にチャレンジし、その上で自身の表現を形作っていきたいと思います。
 この度は大賞という大変光栄な賞をいただき、本当にありがとうございました。

プロフィール
 1989年生まれ、札幌市出身。2010年、13年毎日書道展U23毎日賞、14年創玄展創玄書道会賞、20年書創展書創社大賞、22年北海道書道展大賞。現在北海道書道展会員、毎日書道展会員、創玄書道会審査会員、日本詩文書作家協会正会員。市立札幌開成中等教育学校教諭。授業の実践が高等学校教科書「書道Ⅱ」(教育出版)に掲載。

奨励賞 赤間裕堂 (あかま ゆうどう) 

受賞の言葉 牛の象形文字を牛の正面ではなく胴体や尻尾を描いていたら、違った形の文字になっていたかもしれません。平面にある文字が実体化し重力や風が加わったらどんな形になるのだろうか?という素朴な疑問と、脳に蓄積された書体の記憶や知識が溢れ散らばり時に忘却する、そんな上下左右のない脳内空間の散らし書きのイメージから生まれた作品です。
 過分な評価を頂いたこと、驚くと共に感謝の念に堪えません。今後も自分なりの表現に邁進して参ります。ありがとうございました。

プロフィール
 1985年生まれ、十勝管内音更町出身。2009年音更町文化奨励賞、16年日展入選、20年十勝文化奨励賞、第4回個展(帯広・弘文堂画廊)、21年TOKACHI書2021出品。22年「四書人師魯久窯に遊ぶ」出品、第5回個展(帯広・GALLERIAオリザ)。読売書法展会友、謙慎書道会理事、寄鶴文社準会員、十勝文化会議会員。10年書道教室裕徳社設立・主宰。音更町在住。

奨励賞 木柳不吟 (きやなぎ ふぎん)

受賞の言葉 この度は、奨励賞を頂き、誠に光栄に存じます。私にはご縁のないものと思っておりましたので、只々驚くばかりでございます。書を辞めようと思った時もありましたが、自分の書作品を評価していただき大変うれしく思います。この賞は私個人の力ではなく、指導し支えてくれました皆様のお陰と痛感しております。これからも謙虚に精進を重ねて参ります。選考委員の皆様、携われた皆様に深く感謝を申し上げます。この度はありがとうございました。

プロフィール
 1976年生まれ、旭川市出身。2018年創玄展準大賞、21年毎日書道展毎日賞。北海道書道展会友、毎日書道展会友、書創社常任理事、創玄書道会二科審査員、クリーンUP代表。旭川市在住

奨励賞 宮﨑万由有 (みやざき まゆう)

受賞の言葉 私は北海道の書道が大好きです。素敵な書作家の皆さんがいらっしゃる中で、このような大変光栄な賞をいただき嬉しさを覚えると共に、北の地で筆を執る一書作家として改めて自覚を持たねばならないと強く感じているところです。
 良き師、良き仲間に恵まれ、書道は様々な面で私の人生を支えてくれています。まだまだ浅学未熟な身ですが今後も感謝の気持ちを忘れずに、自分らしい表現を楽しみながら探求し、その時々の自分にしか書けない作品を書き続けたいと思います。
 この度は本当にありがとうございました。

プロフィール
 1997年生まれ、旭川市出身。2018、21年毎日書道展U23毎日賞、19、22年創玄現代書展白鷗賞、20年第61回北海道書道展にて大字書、詩文書の2部門で特選、22年毎日書道展毎日賞。北海道書道展会友。上川管内愛別町在住。

審査講評

表現の独自性という自由を

 3回目を迎えた北溟記念賞における受賞作はそれぞれに興味深いものであったと言えます。若いエネルギーが周囲に漲(みなぎ)っていました。北の書のみらいとはどんなものなのか、そこに“何か”を見たい、という期待を抱きながら選考委員の各氏はいつも目を大きく開いて作品と接しているようです。無論、選考に当たっての課題も少なくありません。今回もまたスムースな選考であったとは言い難いものでした。現代書における評価の視点や基準等の違いやその他の諸問題が浮上し、委員相互で長時間率直に論議を交わし、対話を続けました。書における発想の転換を迫られたりもしました。しかし、それこそが“現代”の書であることを立証しているとも言えます。選考の混乱を招くほどのもっと自由な表現を私は望みます。

選考委員長 武田厚氏(美術評論家、多摩美術大学客員教授)

 今回で3回目になる審査です。札幌を中心とした大きな公募展、結社の発表展、グループ展、個展など、私は多くの展覧会を見ます。その中の大きな公募展を観ると、会友、一般入選作のそれぞれの作品は表現の類似性、地域の固まった表現群、同一人物の作品と思われるような、圧倒される没個性作品群に出会うことが少なくありません。北溟先生は、『墨』(芸術新聞社、2021年3・4月号269号)でこう述べています。

『特に若い人には、「デタラメをやれ」と言いたいですね。デタラメというのは、思い切りやること、つまり、今しかできないことが必ずあるはずですから、それをやるんですよ。やり直しがきくのも若いうちだからです。ただデタラメで終わってはいけない。そこに何かを発見し、デタラメをデタラメでなくなさなければなりません。仮に、成功をおさめたとしても「あぁよかった」と安心せずに、それをさらに高みへ、深みへとつっこんでほしい。自分で自分に気づくというのかなぁ、心の経験を積んでほしいと思います。』

 主催者は、中野北溟記念北の書みらい賞について、このような期待をされて、50歳という年齢制限をし、北海道の書道振興、発展を目指して創設されたと考えます。この度の第3回の作品で奨励賞を受賞された赤間裕堂さんにこの精神が見られ、嬉しく思います。また、大賞受賞の髙橋龍平さんの作品の「煙雨」は秀逸な作品です。更に文字の持つ意味がより強く鑑賞者に伝わるようなことを加味されたら、作品が持つ品位と感性がより高い作品になったと、私は見させていただきました。

選考委員 阿部典英氏(公益財団法人北海道文化財団副理事長)

 本活動の主旨に、若手書道家の育成・支援とありますが、これら文言の定義は実に曖昧です。ただこの曖昧さこそ、まさに現代の書作品の多様さを物語っています。文字性の有無、構成の工夫、素材の選定、技術的裏付の程度など、審議上の観点は複雑です。その上で未来に発展的かつ新鮮味のある作品が出現することを期待して、各選考委員がどのような判断を下すのか、についての原点協議は、今後も毎回なされるべきでしょう。学びは「真似美」と言われる課題。継承の言が、類似性を肯定し保証することは不可避ですが、その渦中でも鮮度ある「美」の探に視線を送り続ける作家像を目指していただきたいと思います。

選考委員 笠嶋忠幸氏(公益財団法人出光美術館上席学芸員)

 既存書道展の部門分けに収まらない異色作への評価が、第3回選考会の焦点となりました。「書であること」と「書でないこと」の違いは何か。伝統的な書の価値観をどう通過して、「現代アート」とはどう重なり合うのか――。議論のネタの宝庫です。コロナ禍以降、どの分野でも膝を突き合わせて口角泡飛ばす場面は見られなくなりました。斬新な作品が登場して論争となる。根源的な論議に加わることで、なぜ、何を、どのように書くのかを自らに問う。この果てしない繰り返しからこそ、未来の芸術が生まれるはずです。この時代を目撃し、記録したいと考えている者にとっても最大の関心事です。

選考委員 古家昌伸(編集者・アートライター)

 今回の選考会では、作品の精度や完成度、表現方法の振幅が論点となりました。
 大賞《煙雨》は豊かな量感と筆勢、安定した構成で、完成度の高さが評価された作品。
 奨励賞《おごれる人「平家物語」の世界より》は陰影や連綿といった書の本質と美を立体化する今日的手法と、“古(いにしえ)”を彷彿させる陶との複合展示が関心を集めました。
 今年100歳を迎えられる北溟氏の最新作《ふるさとの響き》(第64回北海道書道展)をご覧になった若手書家の方々は、何を感じ、どのような学びを得ることができたでしょうか。
 書の魅力を顕(あらわ)にする表現の研究と考察の深化、多様な展開と挑戦を期待してやみません。

選考委員 齊藤千鶴子(北海道立帯広美術館学芸課長)

左から古家氏、笠嶋氏、齊藤氏、阿部氏、武田氏、北の書みらい基金村田正敏理事長。
2023年5月13日 北海道新聞本社DO-BOX


中野北溟氏

 日本を代表する書家。毎日書道会最高顧問、創玄書道会最高顧問、日展会員、北海道書道連盟顧問、天彗社代表。札幌市在住。

 1923年7月31日、北海道苫前郡焼尻村(現在の羽幌町)生まれ。北海道第三師範学校(現在の北海道教育大学旭川校卒業。豊富、稚内、旭川、札幌で教員を務めながら毎日書道展、北海道書道展などに出品し、審査会員として活躍する。

 79年札幌市立札幌中学校校長を早期退職し、書に専念、海外でも作品を発表する。90年北海道新聞文化賞受賞、99年毎日芸術賞を岡井隆氏、河野多恵子氏、蜷川幸雄氏、高倉健氏らと受賞。2005年東京日本橋三越、09年北海道立近代美術館で個展開催。

 長年、日展、毎日書道展、創玄展、現代書道20人展など全国トップクラスの書展で作品を発表するとともに、北海道書道展、北海道書道連盟では理事長など役員を歴任し、北海道書道界の発展に寄与してきた。

 中野氏は師の金子鷗亭氏からの上京の誘いを断わり、札幌で書活動を続けてきた。太平洋戦争中の一時期(久留米予備士官学校)を除き、北海道を離れることがなかった。スポーツの才能にも恵まれ、テニス選手として国体に出場している。

 北海道書道展、毎日書道展など道内外で作品を発表するなど今年(2023年)に100歳を迎える現在も、制作や後進への指導など精力的に書活動を行っている。